ポタラ宮

《インテリアート》水面に映るポタラ宮(撮影地:ラサ/中国) 中国世界遺産 8 【ポタラ宮/麗江古城/承徳の避暑山荘と外八廟】 1000ピース ラサのポタラ宮歴史地区群-中国  11-135 魔よけ百科 かたちの謎を解く レイプ・オブ・チベット―中華的民族浄化作戦 (晋遊舎ブラック新書 11) (晋遊舎ブラック新書 11)
ポタラ宮 () は1642年、チベット政府「ガンデンポタン」の成立後、その本拠地としてチベットの中心地ラサマルポリの丘の上に十数年をかけて建設された宮殿。標高3,700mに位置し、7世紀半ばにチベットを統一した吐蕃王朝第33代のソンツェン・ガムポマルポリの丘に築いた宮殿の遺跡を増補、拡充するかたちで建設され、ポタン・マルボ(紅宮⇒宗教的なことを行う)、ポタン・カルボ(白宮⇒政治的なことを行う)をはじめとする様々な建物から形成されている。ポタラの名は観音菩薩の住むとされる補陀落サンスクリット語名「ポタラカ」に由来する

ダライ・ラマを主としていただくチベット政府「ガンデンポタン」は、1642年グシ・ハンよりラサをはじめとするチベットの中枢地帯の寄進を受けて発足したが、その当初はダライ・ラマが座主をつとめるデプン寺の兜卒宮(ガンデンポタン)に拠点を置いていた。1660年を期してポタラ宮殿に移転、20世紀にいたるまで、この宮殿を本拠とした。ダライ・ラマ13世は、清国滅亡の後、独立宣言を発したのを機にラサの西郊に新たにノルブリンカ宮を立て、夏はノルブリンカ、冬はポタラ宮を政府の所在地として併用した。

1950年代に勃発したチベット動乱1959年中央チベットに波及し、同年3月、ガンデンポタンダライ・ラマとともにインドへ脱出、ポタラ宮は主を失った同年、「西蔵地方政府」(ガンデンポタンに対する中国政府の呼称)の廃止を宣言した中国政府はポタラ宮を接収し、現在は博物館として使用されている。
現在はポタラ宮内部は白宮はごく一部の部屋以外は原則的に非公開、紅宮は歴代ダライ・ラマの玉座や霊塔などが公開されている。屋上にも登ることができる。冬季閑散期を除き入場は見学希望日の前日に予約券を入手する必要があるが、夏季最盛期は中国人観光客が激増していることもあり、個人観光客が予約券を手に入れるためには、深夜のうちから予約券発行所に並ぶ必要があるなど、入手は困難になっている。また、外国人の場合パスポートを提示する必要がある。団体入場者は見学時間が1時間以内に制限されている。2008年1月現在入場料はチベットが1漢民族などチベット族以外の民族や外国人は100元となっている。

1994年、周辺の遺跡と合わせて''ラサのポタラ宮の歴史的遺跡群''として、ユネスコ世界遺産(文化遺産)として登録。2000年ジョカン(トゥルナン寺・大昭寺)が拡大登録。2001年ノルブリンカが拡大登録された。

  1. 関連項目

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