ポーツマス条約
ポーツマス条約
(ポーツマスじょうやく)は、日露戦争の
講和条約
。
日露講和条約
とも。
1905年
(
明治
38年)
9月5日
15時47分に、
アメリカ合衆国大統領
セオドア・ルーズベルト
の斡旋によって、アメリカ合衆国
ニューハンプシャー州
ポーツマス
近郊の
メイン州
にある
ポーツマス海軍造船所
において、日本全権
小村寿太郎
とロシア全権
セルゲイ・ウィッテ
の間で調印された。また、条約内容を交渉した会議(同年
8月10日
-)のことを
日露講和会議
、
ポーツマス会議
、
ポーツマス講和会議
と呼ぶ。
交渉の経緯
ポーツマス条約概要
参考文献
関連項目
外部リンク
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