チベットの旗

レイプ・オブ・チベット―中華的民族浄化作戦 (晋遊舎ブラック新書 11) (晋遊舎ブラック新書)
ガンデンポタン(チベット亡命政府)のは、雪山獅子旗と呼ばれる旗。1912年にガンデンポタンがチベットの独立を宣言した際に、ダライ・ラマ13世によって国旗として制定した。正面の白い雪山の前面で、2頭のスノーライオンが3つの宝石を支えている。1910年代にチベットに滞在していた日本人学者青木文教の自著によると、青木が軍の司令官と戯れで、それまでの軍旗でも使われていたチベットの記号(雪山・唐獅子・日・月)を組み合わせて新しく図案を作ったのがたまたま新しい「軍旗」として採用されたと記している。

九世紀中ごろ吐蕃王朝 (とばんおうちょう)が分裂し、滅亡した。それからの長い間はチベットに正式の軍隊がなく、軍旗も制定されいなかった。清朝乾隆帝1793年に発布した『欽定蔵内善後章程二十九条』には次のような記述がある。“蔵(チベット)は常備軍も持たない、戦争の時には臨時に動員しないといけなかった。これでは十分な戦力が得られないし、民が安んじて生活することもできない。これからは皇帝の承認を得て、三千名の兵士からなる常備軍を創設しよう”。これが以後の“蔵軍”(チベット軍隊)である。また、この軍隊が訓練や戦争で用いる旗を作らせた。これが雪山獅子旗の由来である。

なお、チベットは、雪山獅子旗の掲揚は「チベット独立の意思表示」として厳禁されている。掲揚が発覚した場合は、旗を掲揚した罪で即座に当局に逮捕され、禁固刑などの実刑に処される。

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