ソンツェン・ガンポ
ソンツェン・ガンポ
(
581年
頃 -
649年
)は、古代
チベット
の王。伝説上では33代目とされるが、事実上の
吐蕃王朝
の建国者。
ラサ
を都として、領域を拡大。
チベット文字
を制定し、
インド
や中国の文化を積極的に取り入れた。
十六清浄人法
という道徳律や大小の宝石で十二位階に分けた位階を制定したりと、日本の
聖徳太子
にも似たところがある。また、
ネパール
から王女
ブリクティー・デーヴィー
(タクリ王国の創始者アンシュ・ヴァルマン王の娘。別名ペルサ、
赤尊公主
)を妃に迎え、更に
唐
の
太宗
に頼んで、娘の
文成公主
を息子
グンソン・グンツェン
王(在位641-643)の妃に迎えた縁から、
仏教
に帰依した。グンソン・グンツェン王が落馬事故死した後、63歳で重祚し、息子の未亡人文成公主を自分の妃にした。また、王はチベット人妃も3人娶っていた。
参考文献
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